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カイロプラクティックの記事

今日は誰の誕生日でしょう?

この方の誕生日を知らないと、ガンステッドやる資格なし!

ガンステッドテクニックの創始者 C.Sガンステッドの誕生日です。

1898年7月24日アメリカ、サウスダコタ洲のウィロー・レイクに誕生した。

重度のリウマチ性関節炎を患い、カイロプラクティックによって救われた。

その後パーマー大学に入学。

ガンステッドは、D.D.パーマーと親しかったJ.B.オルセンの教えによるD.D.パーマーの影響を間接的に受け、さらにはB.J.パーマー直々の教えを心に留め、多くの臨床経験を積んでいった。そして、彼独自のガンステッド理論を確立していくこととなる。

1978年没(80歳)

死去する前日まで治療をしていたそうです。

とても偉大なカイロプラクター。

この方を超える人はもう出ないと思います。


花みずきカイロプラクティック院

「パシリ」と隠し撮り。

私の趣味は隠し撮り。ってのは冗談で、女性が内股で歩いているところを撮ってみました。

すごく目についたんで。皆さんに見てもらいたくて。

このように、内股で歩いている女性本当に多いです。

内股で立っていたり、内股で座っていたり。

可愛いつもりかもしれませんが、全く可愛くありません。

こういう細かな生活習慣が身体を歪めるのです。


なんで矯正してもすぐに戻っちゃうんですか?って、

こういう生活習慣なのです。

何年も何十年も、同じようなくせで座っていたもの、同じようなくせで立っていたもの、同じようなくせで歩いている、

毎日同じような姿勢で仕事をしている。

それは矯正しても戻ってしまうのは当然です。

周りの筋肉や靭帯が悪い状態で何年、何十年と支えていた訳ですから、矯正しても不安定なので戻ります。

矯正を続けていくうちに安定していきます。

安定していくまでには矯正の間隔がとても重要。

3日で戻ってしまう骨を、患者さんの判断で1ヶ月後に来院されても治りません。

3日で戻ってしまうなら、3日以内で矯正が必要です。

これを繰り返していくと段々と、1週、2週間、3週間と筋肉・靭帯が再生して、保持する力がついていきます。

患者さんに沢山来てもらいたいから、3日後とか1週間後とか提案している訳ではありません。

治ってもらいたいから、だから3日後に来て下さいって提案している訳です。

ここを誤解して欲しくないです。

仕事など様々な理由があるかもしれませんが、身体を最優先にしてもらいたいです。

身体が健康であれば、長く仕事ができます。

何回か早退したり休んでもペイ出来るでしょう?

サブラクセーションは健康を害する最大の要因です。


話がそれましたが、日本人は歩き方が汚い。

以前テレビでみましたが、ミスユニバースなどを育てる訓練学校の外人教師が、日本に来て、日本人の歩き方が汚いのに愕然としたというのをみました。

本当にそう思います。

外人さんでO脚ってそんないないでしょ?

いい姿勢で歩く、皆さんにも心掛けてほしいです。


花みずきカイロプラクティック院

最近このターグルリコイルで結果出してます。

脳幹から脊髄神経が流れていくにあたって一番最初の障害物が第一頚椎と第二頚椎。

この第一頚椎と第二頚椎で起こる脊髄神経の圧迫が全ての症状の原因という考え方です。

BJを尊敬するストレートカイロプラクターと言われる人たちは、この2箇所の矯正だけで勝負しています。

すごい。

自分はガンステッドですが、いきつくと上部頚椎になるのかな?

5年後の自分はどんなカイロプラクターになっているのだろう?

ガンステッドはぶれないにしても、他に何を興味をもってやっているだろう・・・・。

バイオメカニックかな?

ガンステッドやってくにしても、そろそろC-5000欲しいなぁ・・・。


*むずかしい専門用語 多用してすみません。
 ただのつぶやきですから。

むずかしい

患者さんにカイロプラクティックの説明をしてる時、解らない人に説明するってむずかしいなぁって改めて感じてます。

すんなり耳を傾けてくれる方もあれば、もうおなかいっぱい、もういいって感じの方もいます。

それは仕方なし・・・。

あまり熱くなると宗教っぽくなっちゃうので、気を付けています。

患者さんに説明しながら「よし!今日は上手く話してる」って感じる時は、患者さんにも届いてる時が多い。

要は自分次第。

自分の話し方、プレゼンの仕方によって患者さんの聞き方は変わってくるのではないかと思っています。


ボキって1回やったら楽になるのでしょ?
っていう、間違った認識を変えていかないといけません。


ビデオ以外に説明の方法を考えていかないと・・・。
これからの課題ですね。


昨日のサッカー見ました?
ところで本田の目はやっぱり変だ。

改めまして、同じ内容のご紹介です。


私が最も尊敬しているカイロプラクター塩川満章DCがテレビに出ます。

この番組は昭和の名勝負を題材にした番組で、今回は日本中が注目した北の富士VS貴ノ花の大一番の裏側に迫ります。

この大一番の裏にはカイロプラクティックが大きく関わっていたのです。

興味がある方は是非ご覧ください。


NHK-BS1

3月5日(火)

21時~21時30分

私が最も尊敬しているカイロプラクター塩川満章DCがテレビに出ます。

この番組は昭和の名勝負を題材にした番組で、今回は日本中が注目した北の富士VS貴ノ花の大一番の裏側に迫ります。

この大一番の裏にはカイロプラクティックが大きく関わっていたのです。

興味がある方は是非ご覧ください。


NHK-BS1

3月5日(火)

21時~21時30分

様々な検査の中で意外と重要なのが視診。

患者さんの状態を目視で検査して、情報を収集します。

患者さんが待合室で座っている時の様子や、椅子から立ち上がる時の様子、施術室にご案内する時の歩いている様子などを観察し、どの箇所でサブラクセーション(ずれ)が起こっていそうかな?などと観察しています。

また、最初に椅子に座って頂きますよね?
この検査の時、時々ズボンをめくらせて頂いて、お尻を見られた事ありませんか?

これは何を検査しているかと言いますと、お尻の形状から、骨盤の歪みを判断しているのです。

好きでズボンをめくっている訳ではありませんのであしからず(笑)


正常な骨盤は、上から見たときに、お尻の形が左右対称です。


しかし、骨盤が閉じていると(EX)とがって見えます。


逆に骨盤が開いている(IN)と平たく見えます。

このように、すごく解りやすい人もいれば、判断しにくい人もいて視診も熟練した技術が必要になります。

この視診での判断と、静的触診、動的触診などを組み合わせリスティング(矯正する方向)を導き出します。

このような骨盤の歪みによる尻形状の変化が、スカートが回ってしまう事などの不具合も起こします。
当然、プロポーションにも影響します。

他にも、立った状態でも臀部の形状から骨盤の異常を判断します。

臀部が下方に下がっていれば、腸骨後方下方変位(PI)

こんな感じで患者さんを検査しています。


花みずきカイロプラクティック院

つぶやき。

改めて感じるけど、Mt.ガンステッドは本当に険しい山だなぁ・・・。

Mt.エベレストより険しいんじゃないかな?

登ってしまったからには、ちゃんと頂上目指そうかな。

あまりに険しくて何度下山しようと思った事か。

まだまだ山頂は見えないけど、

願っていれば必ず叶う。

一生掛けて登っていこう。

一歩ずづ。一歩ずつ。

仲間と一緒に。


先日の話、3歳の娘が自宅用トランポリンで跳ねて遊んでいたら、膝が痛くなったと妻に訴えたらしい。

自宅に帰って、娘を検査してみると、左の仙腸関節で可動性が消失していました。

リスティングはPIEX。

まずプッシュでアジャストメント。

あまり変化なし。

プルでアジャストメント。

可動性回復。

よしっこれで治るだろう。

案の定、翌日、元気にトランポリンやっていました。

初期の膝の痛みの原因は骨盤に由来する事が多い。

膝に水が溜まったからといって、すぐに抜くのはやめましょう。

なぜって!?

原因が改善されていなければ、また水は溜まるからです。

水は脳が膝を一生懸命治そうと栄養を運んでいる証拠。

原因が改善されれば、脳は治さなくていいんだと判断し、水の供給をやめます。

そうしたら膝に水は溜まらなくなります。

花みずきカイロプラクティック院

今日はカイロプラクティックにとって117歳の誕生日になります。
1895年9月18日 DDパーマーによってカイロプラクティックが誕生しました。
これだけ長い歴史があります。
しかし、この長い歴史の中でカイロプラクティックは、間違って普及してしまいました。
骨を動かす事がカイロプラクティックではありません。
サブラクセーションを矯正し自然治癒力を高めることがカイロプラクティックなのです。

正統派のカイロプラクティックをやっている先生は少ないです。
私はパーマー系カイロプラクティックをこれらも貫いていきます。


以下 当院HPより

カイロプラクティックの創始者であるD.D.Palmer(ダニエル デビット パーマー)は、1845年にカナダのオンタリオ州、ポートベリーに生まれたアメリカ人です。

アイオア州のダベンポートで食料雑貨商を営んでいたパーマーは、当時流行していた骨相学や心霊研究が趣味で、1886年頃から磁気治療室を始めました。

パーマーの治療室のあったビルには、17年間も耳が聞こえない、ハーヴィーリラードという守衛がいました。ビルの前を通る幌馬車がレンガ道を騒がしく通りすぎる音さえ聞こえないくらいの状態でした。パーマーはハーヴィーに、耳が聞こえなくなった時の事を尋ねて、その時の状況に興味を持ちました。ハーヴィーは17年前のある日、窮屈な姿勢に身体を曲げて作業をしていた時、背中に「ボキッ」という音が聞こえ、それ以来、聴力を失ってしまったそうです。


パーマーはハーヴィーに彼の背中を検査してもいいかどうか尋ね、ハーヴィーは承諾しました。ハーヴィーをベットにうつぶせにして背中を見ると、1ヶ所に骨が飛び出ている場所を発見しました。パーマーは、ここが原因かもしれないと推論し、そのこぶ上に飛び出た関節を両手で押し込んでみました。力を使って3回ほど押した時、大きな音と共にその出張りは小さくなったように思えました。そしてその瞬間、17年間聞こえなかったハーヴィーリラードの聴力が、急に回復したのです。それはカイロプラクティックが誕生した瞬間でした。(1895年9月18日)

パーマーは脊柱を矯正することで、聴覚障害が改善されたこと。そしてその後に原因不明の心臓疾患の患者を治癒させたことから、病気の原因は脊柱の関節間転位にあると考え、宣伝を始めました。この新しい治療法は、パーマーの友人であるサミュエル・ウィード牧師がギリシャ語からカイロ(手)、プラクティコ(技)という言葉を選び、カイロプラクティックと命名されました。

パーマーは、身体は自然に治癒していく力があるという事を偶然発見しました。しかしこの発見は、家族だけの秘密にしようと考えていました。しかしパーマーの息子であるBartlett Joshua Palmer(バートレット・ジョシュア・パーマー、以下B.J)は、この芸術的な発見を世界に広めるべきだと進言しました。そしてパーマーはパーマーカイロプラクティックスクールを1897年に開校しました。これがカイロプラクティックの学校の始まりです。

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