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カイロプラクティックの記事

患者さんの殆どは何かしらの症状を訴えて来院されます。

腰が痛い、肩が挙がらない、脚がしびれる、頭痛がする・・・など。

しかしカイロプラクティックでは、症状にはアプローチしません。

カイロプラクティックではサブラクセーション(当院HP参照)を改善するのが目的で、症状を改善する事は目的でないからです。

サブラクセーションが改善したら、症状も自然に改善すると考えています。

ですので、矯正(来院)を終えるタイミングはというと、

症状が改善したら矯正は終了ではなく、サブラクセーションが改善したら矯正は終了となります。

逆に、症状が残っていても、サブラクセーションが改善していたら矯正は終了となります。

これが病院の治療との違いになりますね。

自然治癒力を最大限に働かせる事が、カイロプラクターの仕事ですから。

カイロプラクティックは矯正する周期(というかタイミング)が大事です。

期間をある程度絞らないと、前回の矯正の意味が出てこなくなるからです。

せっかく矯正しても戻ってしまったら、またその症状を繰り返してしまうから。

患者さんの為を思い、目安となる来院周期をご提案させて頂いております。

その一方で。

カイロプラクティックの話をすると、その素晴らしさに共感され毎週でも来たいって言う方もめずらしくないです。

しかし、毎週来たいと思って頂ける気持ちはありがたいのですが、その方に必要ない場合は期間を開けて頂きます。

3週間矯正がもちそうだったら、矯正は3週間に1度で充分だからです。

重症な人程、そっとしておく時間が大事!

自分で治す時間を与えてあげるのです。

私が治している訳ではありません。

患者さんの持っている先天性治癒力(イネイトインテリジェンス)を使って治すからです。

それは、毎週来てもらった方が変な話売り上げにはありがたいです。
が、私は患者さんに治ってもらいたい。
そして他の困っている患者さんにカイロプラクティックの素晴らしさを伝えて頂きたい。
そして、その方も治してあげたい。

正統派カイロプラクティックを貫き、カイロプラクティック素晴らしさ、正しいカイロプラクティックというものを普及するのが私の使命ですから。


花みずきカイロプラクティック院

なかなか伝わらないんですよねぇ・・・。

「1週間以内に来て下さい。」とか、「痛みが取れたからそれで治った訳ではないですよ」とか、「ズレた骨が戻る前に矯正・戻る前に矯正と矯正を続けないと椎骨の位置は正常になっていきません」と一生懸命お話するんですが・・・。

なぜ1週間以内に来て頂きたいのか。それは患者さんを治してあげたいからです。

なぜ矯正を続けましょうって言うのか。それは患者さんが同じ痛みを繰り返してほしくないから、症状を悪化させて欲しくないからです。


これはある患者さんのレントゲン写真
Aさん62歳


側面像(椎間板の隙間がほとんど無いのが解ります)


正面像(椎骨が2か所で変形してしまっています)

この方のひどい腰痛は、約3年くらい前から起こったようです。
過去の腰痛歴は20年くらい前にギックリ腰をやった事があり、それからというもの、たまにきつい痛みがあったようです。

これがまさにサブラクセーションの退化
6段階の最終段階であるD6(退行変性最終期)になります。

今回の腰痛が出始めた2,3年前からでは、これほどサブラクセーションは退化しません。
きっと、最初痛めた20年くらい前にサブラクセーションがはじまり、徐々に蝕んでいったんだと思われます。

このようなレントゲン写真 決して希な例ではありません。
レントゲンを解析していると、ここまで進行してしまっている患者さんはよく見かけます。

こうなってしまってからでは、1週間も矯正(アジャストメント)はもちません。
3日ないし5日おきに通ってもらわないといけないでしょう。
今後期間を開けれても2週間毎には矯正は必要ではないでしょうか?


こうなってしまうと、残念ですが薬も注射も効きません。


ですので、皆さんに一生懸命お話ししています。痛みが治まったらそれで治った訳ではありません。骨の可動が正常になるまで矯正をしていかないといけませんって。そうなって欲しくないから。

椎骨の可動が正常でないと、身体の重みなどの負荷で椎間板はつぶれていくし、椎間板で吸収できないと今度は椎骨自体がつぶれていきます。
こうなったら手遅れです。

特に、ギックリ腰を繰り返す方。
1度ないし2度のの矯正で良しにしちゃっている方。

危険です。

サブラクセーションは退化の方向に必ず進行します。
しびれが出てくるのも時間の問題です。

院内掲示をを豊富にして、患者さんの意識改善を図っていこうと計画中です。

ちょっときつい文章になってしまったかもしれませんが、申し訳ありません。
患者さんが悲しい結果になって欲しくないからです。

私で治せなかったら、いいカイロプラクティック(東京ですが)を紹介します。
ですから、もっと身体に向き合ってください。そしてあきらめないでください。
私もあきらめずがんばりますから。


花みずきカイロプラクティック院

尊敬するカイロプラクターの一人に塩川満章D.C.がいます。

塩川D.C.にはメンテナンスの為、アジャストメントを受ける事があります。

そのアジャストはダイナミックでそして的確。

過去のブログにも書きましたが、初めてこの方のアジャストメントを受けた時涙が出て来たのを今でも思い出します。
みんなが目標としているカイロプラクティック界の第一人者です。

そこの治療院はひっきりなしに患者さんが訪れます。
4時間で60人くらい治療しています。
(単純計算で1人約4分)

検査が正確で早い、臨床経験も豊富(50万人以上)だからなしえる業。


ここで言いたいのは、カイロプラクティックは時間じゃないって事。

正確に検査し・正確に矯正が出来ればそれでOK。
あとは自然治癒力に任せます。

そして大事なのは、せっかく矯正した椎骨をもとに戻さないっていう事。

戻ってしまえば、今までのアジャストメントがもったいないです。
戻る前にアジャストメント(矯正)を続ける事。
それが、神経の流れを改善する為に絶対必要なのです。

私の願いは、患者さんの症状を1日でも早く改善したあげたい。それだけです。
その為に日々勉強しています。頭と身体にかなり投資しています。
そして正確なリスティング(ズレの方向)把握の為、レントゲン解析も取り入れました。

1日でも早い改善の為、適切な来院周期をご提案しております。
一緒にがんばっていきましょう。


花みずきカイロプラクティック院

カイロプラクティックを正しく受けて頂くには来院周期が重要になります。

骨(椎骨・骨盤)を矯正しても、すぐにもとに戻ってしまいます。
それは、今までのサブラクセーション(ずれ)によって周りの筋肉・靭帯が痛んでしまっているからです。

“矯正しても戻る”ですので、その戻る前に矯正、その戻る前に矯正をする施す事によって、初めて骨は安定していくのです。

開け過ぎては、せっかくの矯正ももとに戻ってしまうからもったいないです。

次回の来院目安をどのように設定するか、それはこんな感じです。

患者さんに「次回の来院を1週間後くらいに来て下さい。」と設定したとしましょう。
それは患者さんの症状、矯正の手ごたえ、歪みの程度から判断します。

その1週間後の来院時、同じように脊柱を検査をします。
前にやった矯正箇所がどのようになっているのか?
正常な可動が維持できているのか?もしくは戻ってしまっているのか?を診て行きます。
正常な可動が維持できていればOK。
つまり神経の流れは正常に近づいている、サブラクセーションが改善に向かっていると判断します。

①もし正常な可動が維持出来ていたならば、
a:もうちょっとこの周期で続けて行きましょう。  または
b:もう少し期間を開けて2週間後にしましょう。
か、を判断する訳です。

②しかし、可動がなくサブラクセーションが戻っていたならば、矯正の周期を見直す必要があります。
a:期間を縮めて5日くらいで来て下さい。  または
b:もう一度この1週間後に来て下さい。
か、を判断する訳です。

このように、次回の来院周期の目安を設定している訳です。
矯正が長持ちしていれば、どんどん期間は広げていけます。
最初3日おきが1週間おき、そして2週間、3週間・・・と広げていけるのです。
最終的には1ヶ月か1ヶ月半くらい毎にメンテナンスに来てもらう事で、サブラクセーションの再発を防ぎ、また新しいサブラクセーションを起こさないという予防にもつながります。

マッサージでしたら痛い時に疲れた時に行けばいいですが、
カイロプラクティックには正しい周期が必要なのはこの理由からです。


健康は日頃のケアから!
花みずきカイロプラクティック院

研修会

7月2日(土)の夕方~7月3日(日)東京へ研修へ行って来ました。
モチベーションが上がりまくる、いい研修会でした。
同じ志を持ったいい仲間とも出会い楽しく過ごしました。

塩川満章DCの双子の息子さん雅士DC、貴士DCが講義して下さったのですが、
印象に残る話がありました。

高校の時、自宅を離れて寮生活をした時(たぶんアメリカでの話)、
”世間一般の常識”というものにカルチャーショックを受けたようです。

周りの人たちが風邪で熱が出た時、みんなが病院に行って薬をもらい安静にしている。

ごく普通の光景に思えるのですが、雅士先生にとっては違っていたようです。

雅士先生は子供の頃から熱が出たりしても、超一流のカイロプラクターである
父、満章DCに矯正してもらい風邪を治していたようです。

雅士先生の常識は体調が悪くなったら病院で薬ではなく、
体調が悪くなったらカイロプラクティックだったのです。


風邪=カイロプラクティック???ってお思いでしょう。

実は風邪もOKなんです。

なぜなら、カイロプラクティックの治療により自然治癒力がUP↑するからです。

カイロプラクティックで自然治癒力を高める環境にしてあげて、
後は菌(ウイルス)と戦わせるのです。

特に頸椎1番(アトラス)が感覚受容器が沢山集まっているので
アトラスのアジャストが効果的です。


超一流のカイロプラクターが身内にいれば、病院はいらないでしょう!
流石です・・・。

うちの子供もそうやって育ててあげたいと思っています。


花みずき整体院

クレイ達一行は、もし村長が良くならなかったならば、この村から出ることが出来ないかもしれないと不安でいっぱいだったので、良くなったことで皆安心した。

1年後に同じ村に訪れると案内人は、実は村長はボコタの病院で癌と診断されていたが、クレイの矯正後に体調が良くなって元気になったと話した。村長はクレイが来たことを知り、もう一度矯正を受けたいと言っていると、伝令が来たのでクレイは村長を治療することになった。村長は喜んで家族と一緒に写真を撮ることを許してくれた。当時アマゾンの原住民と写真を撮ることなど、通常では考えられないことだった。

 クレイほど人間味にあふれ、アイデアに富んだカイロプラクターに著者は出会ったことがない。

B. J. 哲学を最後まで守り通した、偉大なる哲学を持ったカイロプラクターである。

塩川満章 D.C.

著作権 ルネッサンスジャパン

このようにカイロプラクティックの発展に尽くしたクレイの唯一の楽しみは、釣りであった。

ある日、Dr. マートン・ガンステッドに南米のアマゾンに釣りに行こうと誘われたので、行くことになった。南米まで飛行機で行き、そこから小型飛行機に乗り換えて、やっとアマゾンの釣り場にたどり着いた。

釣り場の近くにある原住民の村を見学に行こうということになり、クレイとマートン、それに2人の医師と通訳や道案内の数人で原住民の村へ行った。

 村ではウィッチドクターが一生懸命にお祈りのようなことをしていた。

案内人は、この村の村長が病気でひどい頭痛と腹痛に悩まされている、誰か治せる者はいないかと言ってきたので、医師でなくカイロプラクターのクレイにその役目が回ってきた。

クレイは村長の頸を触診すると、頸椎2番が右の方に出っ張っていたので、その部位を古いやり方のロータリーブレイクで矯正した。大きな音がしてしばらくすると村長は頭痛と腹痛がとれたと言って大変喜んでくれた。

著作権 ルネッサンスジャパン

B. J. パーマーはクレイにこう言った。

「時にはアトラス、アキシャス以外の所を矯正しなければいけない時があるかもしれない。」

 このB. J. パーマーの一言で、クレイはトムソン・ターミナルポイントテーブルを作ることになる。1958年頃のことであった。

やはりB. J. パーマーは学園祭に間に合わして欲しいと言ったが、今回は学園祭まで時間があったので、デブンポートの西にある工場で様々なテストをしながら、何ヶ月かけて作り上げることが出来た。

 学園祭でクレイは、B. J. パーマーの治療方針が変わったと多くのカイロプラクターから言われるのではないかと心配したが、B. J. パーマーは基本の上部頸椎メィジャーは全く変えなかった。

この時発売されたトムソン・ターミナルポイントテーブルの1号機は、現在サラソタのB. J. 博物館に保存されている。

 B. J. パーマーは偉大なカイロプラクターであった。彼は常にカイロプラクティックの科学を求めて、より正確なデーターをもとにしてカイロプラクティックを発展させてきた。

B. J. パーマーはクレイの機械工学の能力を高く評価していた。

 ある都市の学園祭が近づくと、B. J. パーマーはクレイを呼び、彼に脊柱をNCM(ニューロカロメーター)で仙骨から後頭骨まで測定するときの速度が人によって違うので、正確な情報が得られないので一定の速度で測定できるようにして欲しいと言った。

クレイは早速、デブンポートの西にある工場で研究した。そしてモーターを取り付けることによって一定の速度で、誰にでも同じように測定できる器具を発明した。

 このような発明のパテントを全て、クレイはパーマースクールに渡した。そのためパーマースクールは常に資金に困ることはなかった。B. J. パーマーのクレイに対する信頼は絶大であった。

著作権 ルネッサンスジャパン

クレイはB. J. パーマーを何回となく矯正したが、いつもB. J. パーマーは「クレイ、ちょっとここが違うんじゃないか、クレイここのところが正しくない・・etc」など難癖を付けて、B. J. パーマーが一番ということを強調した。

後にクレイは「B. J. は私が、No. 2であることを示したかったのかもしれない。B. J. がNo1. であり私はその次のNo. 2であることを。」と話していた。

 B. J. パーマーはクレイが新しく作ったヘッドピースに横になりクレイにアジャストするように言った。

クレイはB. J. を横向きに寝かせ素早くターグルリコイルを行った。するとB. J. は「クレイ、これは私が受けたアジャストの中で最高の物だ。私はこのようにアジャストによって最高の気分になったことは今までなかった。このテーブルが欲しい、このテーブルを学園祭の前に作ってくれ。」と言った。

 B. J. は欲しい物があるとすぐに欲しいという癖があった。学園祭まで後一週間しかなかったが、クレイは作り上げて、学園祭に全米から集まったカイロプラクターに賞賛された。

 1940年代のパーマースクールは資金不足に悩まされていたので、クレイはこのテーブルのパテントをパーマースクールへ贈与した。このことによりパーマースクールは資金不足から開放された。

B. J. パーマーは、クレイの作ったヘッドピースを全身のアジャストに使えるように応用してみたらどうだ、とクレイに言ったので彼は驚いてしまった。なぜならB. J. パーマーはアトラス、アキシャス以外のサブラクセィションを信じていなかったからである。

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